TOP >
BACK | TOP | NEXT

リストマーク 菜虫化蝶 

2017年03月17日 ()
  七十二候では、3月15日を過ぎると啓蟄の末候「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」となります。菜虫とはダイコン・カブ・ハクサイ・キャベツなどアブラナ科に属する菜類を食う幼虫の総称で、サナギで冬を越した虫たちが蝶になる頃なのです。暖かくなると、畑の上をヒラヒラと舞い踊る蝶たちは、野菜をもりもり食べる青虫の親、美しいだの可愛いだのとばかり言っていられません。

  今日の水彩画は、「彼岸桜」です。法事に訪れたお寺の彼岸桜が、ソメイヨシノより一足先に開花していました。華やかに咲き競う桜花の季節の訪れを前に、ひっそりとお彼岸を告げるように、老木の枝に花をつけていました。
17-03-16.jpg

  野菜を栽培する者にとって、天敵ともいえるモンシロチョウですが、気象庁では、モンシロチョウの初見日を記録しているそうです。空襲警報ですかね。一番早くモンシロチョウが観測されるのは九州地方で3月の始め、一番遅い観測となるのは北海道の網走地方で、5月の下旬ごろのようです。関東地方では3月の下旬ごろ、そろそろモンシロチョウが、植えたばかりのキャベツの苗を狙って飛んでくるころです。
 モンシロチョウは、青虫の大好きな葉の上に小さな卵を産みます。3~5日が過ぎると卵から幼虫が姿を現し、もりもりと葉を食べ始めます。9~11日間に渡って葉を食べ栄養を蓄えた青虫はサナギになり5~10日を経た後、モンシロチョウになるそうです。冬はサナギで越冬し、次の春に蝶になりますから、「菜虫化蝶」の蝶はサナギで冬を耐えた強者なのです。

  おとうさん、蝶々が!「春だねぇ~!菜虫化蝶の季節、いいねえ、色とりどりの美しい蝶が舞う~、夜だねぇ、蝶はやはり夜の蝶だねぇ~」「あなた、もう日が暮れるというのにフラフラと、どこにお出かけですか?」「美しい蝶はやはり夜でしょう・・ウシッシィ・・・、ウワァ!何を被せるのだ!」「あなた、防虫網ですよ!」「・・・・・」

  最近はあまり言わなくなったようですが、バーなどで働く女性を「夜の蝶」と呼ぶのは、川口松太郎の小説「夜の蝶」からきているようです。1957年に映画化されると、銀座の「夜の蝶」「ホステス」などの言葉が流行語となったそうです。

  「物好きや匂はぬ草にとまる蝶」とは芭蕉の句で、蝶があまたある草草の中で匂いも蜜も無いような草の葉に止まっている、なんと物好きな蝶だろう・・と俳諧などに興じている芭蕉自身を、少し冷めた目で見ているのでしょうか?

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・サム ヤマモト
[2017.03.17(Fri) 11:54] 動物Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 啓蟄 

2017年03月10日 ()
  3月5日は二十四節気の「啓蟄」にあたり、大地が温まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころです。暦便覧には「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり」と記されています。啓は「ひらく」、蟄は「土中に籠っている虫」の意味です。まだまだ朝夕は寒いですが、一雨ごとに気温が上がり、日差しも暖かくなってきます。野菜屋の店先に山菜が出回る時期で、我が野菜畑のわきにもフキノトウが顔を出し、早速苦みのある春を味わっています。

  今日の水彩画は、「朝陽を浴びる椿」です。まだ凍える寒さの森の朝、朝陽が昇り椿の木の先を照らし出します。椿の花と緑の葉たちは、温もりを待ちかねたように、春の陽ざしに顔を輝かせます。
17-03-10.jpg

  啓蟄の時期の七十二候の初候には「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」とあります。戸をひらくという表現は、冬眠から目覚め顔を覗かせる虫の表情が伺えるようで、春の嬉しさがあらわれています。実際に虫が活動を始めるのは、一日の平均気温が10℃を超えるようになってからで、首都圏では3月下旬ごろになるようです。

  おとうさん、啓蟄です!「春だねえ!春の陽気に誘われて、虫が這い出てくるころだ!」「あなた~!虫でさえ外に這い出る頃ですよ、外に這い出て畑!畑を耕してジャガイモを植えてくださいな!」「その虫でさえ・・・という言い方が気に障るねえ!」「あら、啓蟄の虫と同じですよ!」「はいはい、赤い提灯に誘われて呑みに這い出ますかねえ、虫ハイですよ!」「ちょっと!あなた!畑違いですよ・・・」

  一般に「椿」といえば「薮椿」を指すようで、藪椿は日本特産のツバキ科ツバキ属の常緑樹で照葉樹林の代表的な樹木です。この藪ツバキの種を絞って採取されるのが椿油です。椿油が日本で書物に登場するのは奈良時代のようで、実に千年以上も使われてきている油です。椿油には、酸化されにくいオレイン酸が多く含まれていることから、固まりにくい性質を持ち、食用のほか化粧品や髪油として用いられ、日本刀の磨き油、木刀や将棋駒、櫛などの木製品の磨き・艶出しに用いられています。

  「うぐひすの笠おとしたる椿哉(椿の花がぽとりと枝からおちてきたが、あれは鶯の落した花笠であろう)」とは芭蕉の句ですが、梅の花を鶯の笠とした古今集などの古歌からの発想といわれ、鶯の花笠が梅の花では平凡な歌になってしまうことから、それを「椿」と俳諧化しているのだそうです。

ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・サム ヤマモト
[2017.03.10(Fri) 09:32] 植物Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 草木萠動 

2017年02月28日 ()
   二月も早くも月末、七十二候には雨水の末候として「草木萠動(そうもくめばえいずる)」とあり、草木が芽吹き始める季節となりました。雨が降り、土が潤い、暖かい風が吹くと、地面から草の芽がいっせいに萌え、冬を越した樹木の芽が膨らみ始めます。草の芽が萌え出ることを「草萌え」といい、木の芽が出てくる頃のお天気は、「木の芽晴れ」や「木の芽雨」などと名付けられ、人々は草木から春の訪れを教わり、草冠に明るいと書く「萌」の字のように、萌(めばえ)から明るい気持ちを貰うのでしょう。

   今日の水彩画は、「梅香る木もれびの森」です。早咲きの桜より早く花を咲かせた梅花は、雨水を過ぎてもまだ満開の春を告げています。春とは思えぬ寒い朝でも、朝陽が昇ると、凛として花をもたげ、馥郁たる梅の香りを森に届けます。

17-02-28.jpg
   梅は、バラ科さくら族の落葉樹です。中国が原産で、奈良時代の遣唐使が持ち帰ったものといわれます。したがって、日本の自然には梅の木はほとんどなく、庭先などに人の手によって植えられたものばかりです。梅(ウメ)の語源は。中国語の「梅」(メイ)から来たというのが有力です。中国から梅が伝来した当時の日本語は、鼻音の前に軽い鼻音を重ねていたため、「メ」を「ンメ」のように発音していましたから、これがウメとなったようです。漢字の梅の字には「母」の字が含まれていますが、中国ではつわりのときに梅の実を食べる習慣があったようです。

   白梅の実は、主に梅干しにされてきました。本来梅干は梅酢を作った後の副産物であり、食用より黒焼きにして漢方薬として用いられていました。クエン酸を主成分とする梅酢は、器具や人体の傷口の消毒の他、金属のメッキや半田付け、青銅器や鉄器の酸化皮膜処理(錆止め)にも用いられていました。

  おとうさん、桜!「♪梅は咲いたか 桜はまだかいな!早咲きの桜ですか!春だねぇ~。梅と桜 とは美しいものが並んでいるたとえだが、美女が並ぶのもいいねえ!」「あなたっ!また若い女性の話ですか?」「違いますよ!花の話ですよ!それに若ければいいとは限りませんよ!諺に 梅干しと女房(友達)は古い程良い というじゃないか、味が違うんだよ!」「そうですか・・・」「いい塩梅にいったなぁ・・・・ほっ!」

  「梅が香にのつと日の出る山路哉」 とは芭蕉の俳句です。立春を過ぎても残る寒い朝、梅の香が匂う山路に、何の前触れもなく朝日がひょっこりと昇ってくる という意味でしょうか。立春を過ぎても残る寒さを余寒というようです。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・サム ヤマモト
[2017.02.28(Tue) 17:04] 動物Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 獺祭 

2017年02月20日 ()
   2月18日からは二十四節気の雨水が始まりました。空から降るものが雪から雨に変わり、氷が溶けて水になる、という季節で、農耕の準備を始める目安とされてきました。先日も春一番が吹きましたが、本格的な春はまだ遠く、春のような気温になったり、大雪が降ったりと、三寒四温を繰り返しながら、春に向かっていきます。暦便覧には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と記されています。

   今日の水彩画は、「木もれびの森の河津桜」です。まだ暗い森を背景に、いきなり上ってきた朝陽に照らし出され、ライトを浴びた夜桜のように桜花を輝かせて、百花繚乱の春の始まりを告げています。
17-02-21.jpg

   七十二候では、雨水の初候に「土脉潤起(つちのしょう うるおい おこる)」とあり、徐々に気温の高い日も増え、暖かい雨が降り凍っていた土もゆるみ潤い始める頃、といった意味です。春の訪れを何によって感じるかは、風土によって違いがありますが、この土脉潤起は、中国から七十二候が渡って来た時に、日本の風土に合わせて内容が変えられた候のひとつです。もともとは、「獺魚祭(かわうそうおをまつる)」で、獲った魚を、人が祭壇にまつるように並べる習性を持つ獺(カワウソ)の様子を季節に表した候だったそうです。氷が解けた水辺で魚を獲り、嬉しそうに並べる獺(カワウソ)も春の訪れを喜んでいたのでしょう。

   おとうさん、雨水の候!「そう~雨水とか土脉潤起とかという春だなあ!土脉潤起は中国の暦では獺祭魚とされていて、日本酒の獺祭につながるのかなあ?お酒吞みたいなあ~」「あなた!またお酒の話ですか?カワウソだって魚を獲るのですから、そろそろ畑を耕してくださいな!」「はい!はい?カワウソだって?・・・カワウソは昔から美女に化けて男を騙すというが、うちのカミさんはカワウソの化身?でも美女かなあ~」「あなた、今夜の肴は川魚の干物にしますか?」「・・・やはり・・」
  辞書によると、獺祭のもう一つの意味は、「詩文を作るときに、多くの参考書をひろげちらかすこと」とあります。正岡子規はその居を獺祭書屋と号したそうです。

   「さまざまのこと思ひ出す櫻哉」とは芭蕉の句です。このとき芭蕉の脳裏には、唐の劉廷芝の詩が浮かんだのではともいわれます。「古人無復洛城東 今人還対落花風 年年歳歳花相似 歳歳年年人不同 (昔、洛陽城の花を楽しんだ人達は既に亡く、今私たちは花の散るのを見て嘆いている、毎年美しい花は同じように咲くが、この花を見る人は皆ちがう)」。桜の木には、それぞれの物語が秘められているようです。

   ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・・サム ヤマモト
[2017.02.20(Mon) 14:40] 動物Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 魚上氷 

2017年02月16日 ()
  2月13日ごろからは、七十二候では立春末候の「魚上氷(うお こおりを のぼる)」にあたります。割れた氷の間から魚が飛び出るという意味ですが、中国古代の天文学に出てくる話だそうで、日本では温かくなった水の中に魚の姿が見え始める頃、としたほうが分かりやすいかもしれません。

  今日の水彩画は、「曙光に輝く木々」です。昇り始めた朝陽に森の木々の頂上が照らされ暁色に染まります。霜柱を踏みしめ寒さに身を屈め歩く散歩道から見上げると、朝陽に輝く木々が春の兆しと温もりを注いでくれます。
17-02-16.jpg

  魚上氷といえば、居酒屋で注文する肴に「氷下魚(こまい)」があります。コマイの干物を炙って醤油マヨネーズで食べると、酒の肴として絶品です。主に北海道の海で穫れる魚で、12月後半から2月下旬が旬、関東では干物で出回っているようです。
コマイはアイヌ語で「小さな音のでる魚」を意味し、漢字の「氷下魚」は氷を割って獲る(氷下待ち網漁)漁法から名付けられたようです。コマイはタラ科の魚で、体の血液には零度以下でも凍らない成分が含まれているそうです。

  立春の七十二候は、初候「東風解凍」、次候「黄鶯睍睆」、末候「魚上氷」とあり、春を告げる風、春を告げる鳥、そして春を告げる魚といいたいのですが、春を告げる魚はニシンです。それにしても、昔の人々は様々な自然の現象や生きものの様子から、春を感じ取ってきたようです。それだけ春が待ちどおしかったのでしょう。立春を過ぎて間もない頃は、日々の生活の中に、それを包む自然にも、まだまだ冬が居残っているものです。そんな状態を「春浅し」といいあらわすようです。

  おとうさん、春浅し!「寒いねえ!まだまだ炬燵から抜け出せない!」「あなた!もう炬燵をしまいますよ!暦では雨水が近づき、畑仕事が始まりますよ!」「雨水ねえ!陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり・・かあ、昔から農耕の準備をしたものだ!それにしても炬燵が恋しい・・あの温もりが恋しい・・ぎゃぁ~、炬燵がわりに猫抱きしめたら、引っかかれたあ~・・・・」

  「凍て解けて筆に汲み干す清水哉(いてとけて ふでにくみほす しみずかな)」 芭蕉の句ですが、ようやく春が来てとくとくの泉も氷が解けたが、その水量は少なくて筆に沁み取ったら無くなってしまうほどのものだ、とやっと氷が融け始めた浅い春を詠んでいます。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・サム ヤマモト

  相模原の市民ギャラリーでの「サム ヤマモトの水彩画個展」が、お陰様をもちまして、盛況の内に無事終了いたしました。みなさん有難うございました。来年も同じ時期に同じ場所で個展を開催する予定ですので、楽しみにしていてください。今日からまた、来年の個展をめざして風景画を描いていきます。
[2017.02.16(Thu) 14:51] 季節Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


BACK | TOP | NEXT

カウンター

カレンダー

プロフィール

最新記事

最新コメント

カテゴリ

月別アーカイブ

検索フォーム

リンク

QRコード