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2014年01月14日 ()
 ついこの間正月元日を過ごしたと思っていたら、早や十五日小正月となりました。昔はこの小正月までが松の内(門松を飾っている期間)でしたが、江戸時代に一月七日までと改められたといわれます。東北の農村には邪気を払い一年の健康を願って、小正月の朝に小豆(あずき)粥を食べる習慣が残っているそうです。小豆の赤い色は稲作民族では古くから祭祀の場で用いられてきましたから、これが赤飯や小豆粥になったのでしょう。次の正月の二十日は大寒、まだまだ寒くなります。

 さて、今日の水彩画は、三浦半島荒崎の日の出の続きで「荒磯の日の出」です。凍てつく冬の岩礁に波が打ち寄せます。半島の向こうから昇り始めた陽が、磯全体をこがね色に染め、凍える寒さを少しずつ和らげていきます。波頭がキラキラと陽を反射して、やがて海全体が眩しく輝き始めます。
14-01-10.jpg

 この荒崎の海岸は、数千万年前、半島がまだ海の底であったころに堆積した黒くて硬い凝灰岩と白くて柔らかい砂岩の層からできていて、波の浸食で柔らかい部分が洗い流され、黒く硬い岩が洗濯板のように残って凹凸の激しい荒々しい岩礁になっています。だから荒崎というのかと思っていましたが、どうも三浦一族の荒次郎義澄の居城があったことから、この地名が来ているようで、地名に歴史あり!です。
 この三浦半島は、源頼朝が鎌倉幕府を興す時に貢献した三浦一族の栄枯盛衰の物語の舞台でもあります。鎌倉時代に一旦滅亡した三浦宗家は佐原氏に継がれ三浦半島南部を中心に支配します。しかし、戦国時代にはいると、北条早雲(伊勢宗瑞)との戦いに敗れ、最後の拠点新井城(油壷)に立て籠りますが滅亡します。この時の戦いで海が血で油のようになったことから「油壷」という地名になったそうです。

 おとうさん!お正月も終わりましたね・・「てぇやんで~、小正月、二十日正月とまだまだ正月があるのだ。お酒が呑めるぞ・・」「あなた!もうお酒も無くなり、正月は終わりです。だいたい小正月っていうのは、昔は女正月と言って竈(かまど)を閉めた正月も忙しく働いた主婦を労う日なのですよ!ですから、今日は私がお酒を呑みますよ!さあ、注いでくださいな!」「はいはい・・燗がつくまでちょっと松の内・・とほほ」

 この荒崎から長浜にでるハイキングコースの山腹には、古代の豪族のお墓である横穴古墳群があります。この遺跡は、この周辺には多くの人々が住む集落があったことを物語っており、冬でも温暖で魚介類など豊かな海の幸に恵まれた三浦半島は、古代から人々が生活するのに快適な場所だったのでしょう。

 では、また次回の水彩画をお楽しみに・・・・ サム ヤマモト
[2014.01.14(Tue) 16:32] 季節Trackback(0) | Comments(0)
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