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2012年07月14日 ()
 風景画は自然が創り出す情景を切り取り描く、自然を模写しているともいえます。しかしながら、自然を写し取るだけなら写真のほうが簡単で優れています。時間をかけて絵に表わすのは、自然を観察し自然と対話しながら自然を感じ、一旦心の中に埋め込んだものを自分という色を付け加えて白い紙に描き出す、この面倒なプロセスをたまらなく楽しく感じるのが画家なのではと、素人ながらも感じています。

 NHK教育テレビの「日曜美術館」(毎週の楽しみ)で、磯江 毅のリアリズム絵画の神髄を探る特集がありました。磯江は「"デッサン"とは、物の成り立ち、仕組みを知ることであり、内なる力を表現する基本であると同時に、自然の摂理を引き出す方法でもある」といっています。磯江の絵は「ホキ美術館」で見たことがありますが、容器の蓋や台に薄らと積もった埃まで描かれた静物画を見つめていると、「本物よりも質感がある」という不思議な感覚に陥ります。長い時間をかけて物を「見て、見つめて、見極め」ながら、緻密な描写を一筆一筆描く過程で、「その物の存在とは何なのか」そして「自分という存在は何なのか」という問いの答えが見えてくるのかも知れません。

 あの巨匠セザンヌも、「自然は『その表面にあらわれているものよりずっと奥深く、自然を見、自然から感じとったものをどう『彩色された平面』に定着させるか」といっています。風景画を単なる自然の模写ではなく、奥深さと空気を感じさせるところまで描く、このことがセザンヌ終生のテーマでした。桃山時代の長谷川等伯の「松林図屏風」は、墨の濃淡だけで描かれた簡潔な水墨画です。しかしながら、湿潤な空気と空間の奥深さが現実の松林の中にいるように肌で感じられるという意味では、リアリズムに溢れた風景画といえるでしょう。この松林図の風景は、等伯が幼少のころに見て感じ、心に刻み込んだ能登の松林でした。

 おとうさん!「じっと見ていると、いい女だね、あの女将さん!」涎が垂れていますよ。まったくもう「見て、見つめて、見極めて」意味が違うでしょう。女のひとではなくて、ものの本質を見るってことでしょう。おや、携帯に奥様からメールですよ。ほら、急に青くなってリアルな世界に戻りましたね。現実をよ~く見つめることになりそうですね・・・

 問題や困難な状況を解決するときも、自然を描くことと同じことのように思います。物事や事象を「よく見て、見つめ、見極める」と本質や根本が見えてくるに違いありません。自然の風景も、じっと見つめ続けていると頭の中に、自分が描きたい絵が浮かび上がってきます。こうなれば絵はもう出来上がったも同然。といいたいところですが、思い通りに筆が動かないのが現実、キビシイ!まだまだ修行が・・・。修行不足の新作を今週も載せましょう。
 ではまた次回 サムヤマモト
2012-07-13.jpg

[2012.07.14(Sat) 14:50] 未分類Trackback(0) | Comments(0)
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