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2016年09月22日 ()
  9月22日は二十四節気の秋分です。太陽が真東から昇り真西に沈み、昼と夜の長さがほぼ同じになります。陽が極楽浄土のある真西に沈むことから、亡くなった人を偲ぶお彼岸の中日でもあります。今日は朝から雨が降り肌寒い日ですが、「暑さ寒さも彼岸まで」といわれ、この日を境に暑い日は無くなり、寒さが増してきます。

  今日の水彩画は、秋分にふさわしく「里山の秋」です。わずかに西に傾いた秋の陽が、収穫を待つ稲穂を黄金色に照らします。大きな葉をつけた里芋を囲う畦道には、彼岸花が里の祖先たちを偲ぶように静かに咲いています。
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  古来農村では、春分の頃に豊作を祈り、秋分の頃に豊作を祝う自然信仰があり、山の神様である祖先の霊を春分以前に山から里に迎え、秋分以降に里から山へ送る儀式が行われていました。それが、仏教の信仰が深まるとともに、秋分は「秋の彼岸」として祖先を偲び、供養する行事になっていきました。
 秋の彼岸といえば「おはぎ」ですが、秋を代表する萩の花にちなんで「御萩(おはぎ)」と呼ばれるようになりました。春には春の花の牡丹にちなんで「ぼた餅」になります。いずれも同じ餅ですが、季節の花の名で呼び分けるとはなんと風流なことでしょう。
萩の花はその美しさから、「秋の七草」として古くから愛されていて、万葉集などでもたくさんの歌が詠まれています。萩は秋になると細い茎に赤い小さな花をたくさんつけます。その姿は控えめながら、とても美しいことから、「思案」「内気」「柔らかな心」という花言葉がつけられています。
 「一家(ひとつや)に遊女も寝たり萩と月」というちょっと色っぽい句は芭蕉で、思いがけなく同じ宿に遊女が同宿し一つ屋根の下で寝ることになったが、澄んだ月明かりが萩の花の上に降り注いでいる、という意味です。この句では萩が美しい遊女かと思いきや、どうやら芭蕉は自分を「萩」に、遊女を「月」になぞらえたらしいのです。

  おとうさん、お彼岸!「秋のお彼岸といえば、おはぎ だな!うん、旨いじゃないか、半殺しのあんがいいねえ!」「あなた、お墓参りのお供えですよ!」「お供え前の味見だ!まずいおはぎじゃご先祖様に申し訳ねえ!」「わたしが苦労して作ったのですから・・・!あなたの味見は単なる棚ボタ、じゃなくて棚はぎ!」

  「落穂拾ひ日あたる方(かた)へあゆみ行く」 蕪村の秋の句です。秋の日差しが山の端にかかり、広い田んぼの一部を照らすばかりになったけれども、農夫が落穂を拾いながら、日の当たる方へ移っていく、という今日の水彩画のような情景です。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・サム ヤマモト
[2016.09.22(Thu) 21:57] 植物Trackback(0) | Comments(0)
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