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リストマーク 水始涸(みず はじめてかる) 

2015年10月04日 ()
  10月3日からの五日間は、秋分の末候となり七十二候「水始涸(みず はじめてかる)」の時季となります。田んぼの稲が黄金色に色づき、いよいよ稲刈りを迎える水田では、これまで稲を育ててきた水を落とし流し出します。秋風に稲穂がさわさわと揺れるこの頃の風景は、見ているだけで心が満たされていくような日本の秋ならではの美しい情景です。秋分の末候が過ぎると、二十四節気の「寒露」となり、露が冷たい空気と接し霜に変わる直前まで冷たくなり、紅葉が濃くなり、雁などの冬鳥が渡来する時期となります。この頃は、大気の状態が安定して空気が澄んだ秋晴れの日が多くなり、夜には月も美しく輝いて見えます。

  今日の水彩画は、「里山の実りの秋」です。刈り取りを待つばかりの田んぼでは、頭を垂れた稲穂が秋のさわやかな風に揺れ動き、黄金色の波をつくりだします。畔道の傍らには、いがぐりをたくさんつけた栗の木が、秋の陽を浴びて用水の土手に柔らかな影を落とします。
15-10-04.jpg

  栗はブナ科クリ属の落葉樹になる果実で、日本の栗は自生する芝栗が改良されたもので、粒の大きさは世界の栗の中でもダントツといわれています。栗は縄文時代の人々にとって主食となるほどの大切な食べ物で、この時代にすでに栽培されていたようです。八世紀初めの日本書記には丹波栗が登場しています。持統天皇の奨励により栽培が始まったといわれ、数百と言われる栗の種類の中でも、大きさ、味、色、艶は最上級の品質とされ、古くから朝廷や幕府へ献上されていました。
 「栗拾ひ ねんねんころり 云ひながら」一茶が詠んだ句です。妹か弟かの子守をしながらの子供の栗拾いでしょうか、心が和む秋の情景です。

  おとうさん、秋!「お~い!秋とくりゃ栗!栗ゴハンだな!」「あなた、栗はありません!サツマイモならありますよ!」「おい!縄文人だって栗を食べていたのだよ!それがうちには栗が無い!」「縄文人?とにかく栗はありません!江戸っ子は栗より(九里四里)旨いサツマイモを、十三里と呼んだそうですよ!」「栗(九里)をこえたサツマイモには徳利(十九里)1本付けてくれ!」「まったく、なんでもお酒ですねえ・・」

  実りの秋、収穫の秋は稲刈りの季節でもあります。「世の中は稲刈るころか草の庵」 芭蕉の句です。今のようにコンバインが無い時代は、稲刈りは手刈りで村中総出の作業だったのでしょう。そんな中、なにもしないで庵に引きこもって俳句を詠んでいる自分に、孤独感とわずかな後ろめたさを感じている・・・秋の寂しさが滲み出ています。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・・サム ヤマモト
[2015.10.04(Sun) 20:56] 季節Trackback(0) | Comments(0)
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