TOP
TOP | NEXT

リストマーク 地始めて凍る 

2017年11月16日 ()
  11月12日から、七十二候では地始凍(ちはじめてこおる)になります。大地が凍り始める頃という意味で、霜が降りたり、霜柱が立ったり、水たまりに氷が張ったりし始めます。「凍る」とは水が氷になることですが、日本人は古来よりもっと広い意味で使っていて、空気が凍る、月が凍る、鐘が凍る、田が凍る、夜が凍る、山が凍る、などと、なんでも凍らせてしまいました。聞いているだけで凍てついてしまいそうです。

   今日の水彩画は、「谷川を彩る秋」です。朝夕の冷え込みが厳しくなってきた里山に、紅葉が訪れました。谷間に溢れんばかりの秋の陽が差し、山の斜面を彩る紅葉を照らし出します。赤、黄、オレンジの彩りを映した谷川が、美しい秋を川面に浮かべ流れ下ります。
17-11-16.jpg

   晴耕雨読とは、「晴れた日は畑を耕し、雨の日は家で読書する」ことですが、私の場合は、雨の日には絵を描きますから、晴耕雨描となります。先日、漢字学者の阿辻哲次さんの連載記事(日経新聞、遊遊漢字学)を読んでいると、この「藝術」と「畑の耕作」という言葉に繋がりがあることが分かり、大変うれしくなりました。
 記事によると、もともと「藝」という漢字は、「草の苗を地面に植える」ことを意味することから、人の心の中に豊かに実り、大きな収穫を得させてくれるものが「藝」だったのです。「藝」の代表的なものは学問でしたが、近代中国に西洋の「art」という言葉が入り、その訳語に「藝」が使われ、「藝術」や「工藝」という言葉が生まれたそうです。
   
   おとうさん、大地が凍る!「寒いわけだ、地始めて凍る という季節だ!」「あなた、凍らないうちに里芋を掘り上げてくださいな!」「歳時記は凍るというけれど、まだまだ凍りやしない!」「でも、早くも冬将軍が到来と言っていましたよ!」「今週が一番寒く、12月になると暖かくなるようだから、もう少し暖かくなってから・・・」「・・・・・」

   天気予報では、今週末から月曜日にかけて、真冬並みの寒波に覆われるということで、土曜の雨の後、北風が強まって、急に寒くなるようです。東京の日曜の予想最高気温は12度と、ひと月先の寒さになるらしく、昼間でも、冬のコートが必要になりそうです。暖房器具や暖かい布団を準備するなど、寒さへの備えはお早めに。

  「わが家の一つ手拭氷りけり」 小林一茶の句です。風呂上がりの手ぬぐいが、瞬く間に凍り付いて棒のようになってしまう寒さは、子供の頃の北海道でしばしば経験しました。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・・・サム ヤマモト
[2017.11.16(Thu) 21:11] 季節Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 立冬 

2017年11月07日 ()
  11月7日は二十四節気の「立冬」です。初めて冬の気配が現われてくる日で、「立」には新しい季節になるという意味があり、立春、立夏、立秋と並んで季節の大きな節目です。暦便覧では、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と記されており、朝夕冷えみ、日中の陽射しも弱まって来て、冬が近いことを感じさせる頃です。この日から立春の前日までが冬となり、寒く厳しい冬始まりです。

  今日の水彩画は、「深山の紅葉」です。人里離れた山並みに紅葉の季節が訪れました。ダケカンバ、カツラ、ナナカマド、ケヤキなどが黄色や赤、オレンジに染まり、頂きから稜線に沿って山肌を流れ下ります。まさに山粧う(やまよそおう)です。
17-11-07.jpg
   
  我が家の畑で立冬の今頃とれる野菜には、白菜、大根、キャベツ、里芋、サツマイモなどがあります。中国には「立冬補冬、補嘴空」という言葉があり、「補」は食物で体調を補うことをいい、「立冬には旬の食材を温かくして食べ、栄養を摂り、体調を整える」ということで、冬を迎えるにあたって、昔の人は栄養を補給していたのでしょう。

  おとうさん、立冬!「寒いはずだ~立冬だ!こうなったら炬燵に入って熱燗で一杯だな・・・」「お炬燵なんて早い!だいたい、今から炬燵に入ったら冬ごもりの熊になります!」「江戸の昔から炬燵開きは 亥の月の亥の日と決まっている、ことしの暦では・・・と、11月8日、今日だ!炬燵は頭寒足熱という東洋医学にかない、暖房費の節約にも!」「あなたは、炬燵に入って頭が寒いといって、エアコンをつけるじゃありませんか!」「・・それは頭熱足熱という西洋医学の・・・」
   
   北の国から雪の便りが届き、都心では木枯らし一号が吹き荒れました。凩(こがらし)という字のように、木枯しは木を裸にする風です。紅葉という艶やかな装いを身に着けた木々も、やがて色褪せ、木枯しによって枯れ葉を落とし裸木になっていきます。いったい誰のためにあんなに美しく秋の装いをし、その後に、なぜ木枯しによっていとも簡単に葉を落とすのでしょうか・・・。すべては、春に蘇る新しい命のためなのです。枯れ木のようになった木々のなかでは、翌春に新芽を芽吹かせるための準備が始まっているのです。

  「こがらしや頬腫痛む人の顔」とは芭蕉の俳句です。木枯しが吹き、寒さの厳しい通りを、頬を腫らした風邪っ引きが歩いていく・・・・。お多福風邪でも流行っていたのでしょうか、寒い木枯らしが、いっそう寒く感じるような句です。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・・・サム ヤマモト
[2017.11.07(Tue) 21:11] 自然風景Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 楓蔦黄 

2017年11月04日 ()
 今年も早くも11月になってしまいました。3日は「文化の日」ですが、七十二候では2日から立冬の前日までは、霜降の末候「楓蔦黄(もみじつたきばむ)」で、モミジやツタが色づいてくる頃とされています。首都圏でも、標高の高い山では、カエデやモミジが見頃になるころです。カエデ(楓)とモミジ(紅葉)の違いはというと、植物の分類では同じカエデ科カエデ属の植物で、明確な区別はなく、同じ種類の樹木です。ハウチカエデ、アサノハカエデと名前に「カエデ」がつくものと、イロハモミジやヤマモミジなど名前に「モミジ」とつく木があり、名前が違うだけのようです。

  今日の水彩画は、「静かな入り江の秋」です。佐渡の矢島経島の入り江で出会った秋です。入り江の切り立った崖の木々が、海に張り出すように枝を伸ばして黄葉し、たらい船が起こしたさざ波に、黄金色を映した水面が静かに揺れ動く秋です。
17-11-03_20171112131150366.jpg

  たらい船を使ってワカメやアワビ、サザエなどをとる漁が「磯ねぎ漁」です。佐渡の海岸線はそのほとんどが岩場に囲まれた磯浜です。そのため透明度も高く、小回りの利く、たらい船でガラス越しに海底の獲物を探しながらヤスで突く漁が今も生きています。洗濯桶から改良を重ねて現在のたらい舟になったと言われていますが、観光用に乗船できるたらい舟は漁で使う船より大きなものが使われているようです。

  おとうさん、たらい船?「おお~佐渡のたらい船ね、乗ったよ!」「あなた、揺れて怖かったですね!」「昔、お光さんという娘が、佐渡から柏崎まで、毎晩たらい船を漕いで恋人に会いにいったという、伝説があるそうだ!」「あら、あたしもたらい船に乗ったから、素敵な殿方に会えるのでは?」「無理!無理!たらい船は磯ねぎ漁で使うものだけに、磯のアワビの片思い ってやつだな!」「・・・・」

  カエデの名は、葉の形がカエルの手に似ていることから「カエルデ」からカエデとなまったものが、名前になったと言われています。一方、モミジは「もみづ」という言葉に由来しているようです。「もみづ」とは、草木の葉が赤色または黄色になることを意味する動詞で、そこからきた「もみぢ」という名詞は葉が色づくさまを、または、紅葉そのものを指すようになったようです。

  「蔦の葉はむかしめきたる紅葉哉」とは芭蕉の句です。蔦(つた)の紅葉がひときわ紅いと芭蕉が感じて読んだ句ですが、蔦紅葉を「昔めきたる(昔のような)」と表現していますが、その根拠が弱いらしく、この句の評価はあまり高くないようです。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・・・サム ヤマモト
[2017.11.04(Sat) 15:50] 植物Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 霎時施 

2017年10月28日 ()
 今年も早いもので、七十二候も五十三番目の「霎時施(こさめ ときどきふる)」となりました。一雨ごとに気温が下がり冬に近づくころなのです。「一雨一度(ひとあめいちど)」という言葉がありますが、秋は雨が降るごとに気温が1度下がるという意味です。今年の秋は季節外れの暑さ寒さや長雨と、気温の変化が激しいように感じましたが、それでも長い間で見ると「一雨一度」となっているのでしょう。

  今日の水彩画は、「佐渡の紅葉」です。10月中旬に訪れた佐渡は、里の紅葉はまだまだでしたが、山道を登ると、ダケカンバの葉が黄色く、ナナカマドの実や葉が赤く色づき、秋の彩りに包まれていました。
17-10-28.jpg

  いつも登場する「七十二候」は、もともと中国華北地方で作られたものですが、実際に用いるには季節の違いがあるため、日本の風土にあわせて幾度か変更されてきました。たとえば「霎時施」でいえば、中国の暦に近い宣明歴では「草木黄落(そうもくこうらくす)」でしたが、江戸時代に「蔦楓紅葉(つたもみじこうようす)」と改正され、さらに「霎時施(しぐれときどきほどこす)」に、そして、明治期の略本歴では「霎時施(こさめときどきふる)」と変わり、今に伝わっているようです。

  おとうさん、また雨!「えっ!昨日晴れたと思ったら今日はまた雨か!女心と秋の空とはよく言ったものだ!」「あなた、晴れたと思ったら時雨になり、一雨ごとに冬が近づくのですよ!雨の合間を見て畑仕事をしてくださいな!」「・・・そんな冷たいこと・・・女心と秋の時雨かあ・・、ここ掘れワンワン、サツマイモ掘り、鼻かぜ爺・・・」

  「霎」の字は、「しぐれ」とも「こさめ」とも読まれ、辞書には「小雨」「ひとしきり、しばらく」とあり、「霎々(しょうしょう)」とは雨の音または風の音、「霎時(しょうじ)」とは、少しの間、短い時間という意味合いとありました。
 昔の人は秋の雨を「木の葉時雨」と名付けました。冷たい雨に打たれる落ち葉に、移ろう命の儚さと虚しさを見たのでしょうか。夏の終わりに命を閉じる蝉の声を「蝉時雨」と呼んだのにも、やがて来る別れの哀しさが、時が移ろう中で今現在のかけがえのなさを教えてくれる・・・、心時雨る、時雨、冬の報せがまた降ってきました。

  「旅人と我名(わがな)呼ばれん初時雨」とは松尾芭蕉の句です。「初時雨の降る季節となった、私は今日、その時雨にぬれながら旅立ちをし、旅人と呼ばれる境涯に身を置こう」 芭蕉が帰郷を思い立ち、その旅立ちに際して詠んだものです。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・サム ヤマモト
[2017.10.28(Sat) 20:06] 季節Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 霜降 

2017年10月25日 ()
  10月23日は二十四節気の霜降(そうこう)にあたります。露が冷気によって霜となって降り始めるころです。暦便覧では「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と記されています。楓や蔦が紅葉し始めるころで、朝晩の冷え込みが厳しくなり、この日から立冬までの間に吹く寒い北風を木枯らしと呼びます。

  今日の水彩画は、「佐渡の荒海」です。先日新潟の田舎にいった足で、佐渡に行ってきました。秋雨の続く中、束の間の晴れ間に荒れる佐渡の海は、陽ざしに輝いていました。幾万年の間、絶え間なく打ち寄せる荒波に、岩礁が挑むように立ちはだかり、波を打ち砕き続けています。
17-10-25.jpg

  半世紀ぶりに訪れた佐渡でしたが、歴史と文化の奥深さに改めて驚かされました。北前船や多くの配流者たちによって伝えられたことが、佐渡特有の文化となって、今まで継承されています。たとえば、世阿弥が配流されたことで能が広まり、江戸時代には200を超える能舞台があり、今でも32余りの能舞台が残されて(人口当たりの能舞台数は江戸時代も今も日本一)、薪能などが催されているそうです。
 佐渡といえば金山ですが、佐渡で金鉱が発見されたのは1601年で、江戸幕府は天領として相川に奉行所を置き統治しました。国内一の産出量を誇った佐渡金山でしたが、江戸時代の終わりごろから産出量が減り、1951年に採掘は終了しました。今では、残された多くの史跡や博物館等で当時の様子を知ることができます。

  おとうさん、佐渡!「佐渡といえば金山だあ~」「あなた、やめてください。歩きながら石ころをポケットに詰め込むのは!」「だって金が含まれているかも・・・」「あなた、たとえ金鉱石だったとしても、含有量は鉱石1トンあたり100グラム以下だそうですよ」「1トンはポケットに入らないかあ・・・」「・・・あなたボケてない?」

  初霜の知らせが聞かれるのも今頃です。霜が降りるには、その周辺の温度が0℃以下であることが条件ですが、予報で発表される気温は地上から1.5mの高さの気温なので、3℃としても地表の温度は0℃以下になっていることもあります。予報で最低気温が3~4℃であったら、畑の霜対策はしておいた方がよさそうです。

  「手にとらば消ん涙ぞ熱き秋の霜」とは芭蕉の「野ざらし紀行」の中で詠まれている句です。実家に帰ると母親はすでに亡くなっており、「手にとったならばきえてしまいそうだ、母を慕う涙は熱く、白い遺髪は秋の霜のようだ・・・」。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・・サム ヤマモト
[2017.10.25(Wed) 16:52] 自然風景Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


TOP | NEXT

カウンター

カレンダー

プロフィール

最新記事

最新コメント

カテゴリ

月別アーカイブ

検索フォーム

リンク

QRコード