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リストマーク 大寒 

2019年01月18日 ()
  1月20日は、二十四節気の最後「大寒」です。寒の中日で、寒さが最も厳しくなるころです。暦便覧には「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と記されています。日本で最も低い気温が観測されたのは、北海道の旭川市で、1902年1月25日の-41.0℃になります。地球上で最も低い気温は、2010年8月に南極のドームふじ基地で観測されたー93.2℃だそうです。寒い!

   今日の水彩画は、「凍りつく森の陽」です。前日に降った雨が凍りついたか、霜が降りたか、明け方の寒さで凍りついた森に陽が昇ると、キラキラと光りながら、陽の温もりの中で溶けて命を蘇らせていきます。
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   大寒の日の朝に、井戸や湧水から汲んだ水は一年腐らないと言われています。「寒仕込み」といって、この寒の水と寒気を利用して、凍り豆腐、寒天、酒、味噌などを仕込むのが最もよいとされています。雑菌が少ないからなのでしょう。

   大寒の日に生まれた卵は「大寒卵」といって、食べると縁起が良く、一年間は健康で運気も良く過ごせるそうです。昔の庭先で飼っていた鶏は、冬は卵を産む数が極端に少なくなりました。一年で、もっとも寒いと言われる大寒に鶏が卵を産む事は極めてまれなことで、卵を産んでいたら、縁起物として重宝されたのでしょう。

  おとうさん、大寒!「一番寒い日だあ!寒いからと言って悪いことばかりじゃねえ!寒仕込みの酒はうまいし、大寒卵も美味い!」「あなたは、寒くても暑くても、お酒と食べることばかり!」「こんな日は寒酒の燗酒で、大寒卵の出し巻きなんぞで一杯やって温まりたい~」「大寒の水とたくあんの漬物でいかが?」「・・・うぅ寒い・・・」

  昔は、日本酒は四季醸造といって、1年中造られるものでした。ただ、暑い時期だと、もろみが腐ってしまうことがありました。寒仕込みは伊丹で確立されたといわれ、江戸幕府も、寒造り以外の醸造を禁止し、寒仕込みが清酒造りの主流となったそうです。酒米が秋に収穫されることや、農閑期の冬場の収入源として、農家が出稼ぎで杜氏になることも、寒仕込みと関係していたようです。

  「寒椿力を入れて赤を咲く」 正岡子規の句です。カンツバキはサザンカとツバキの交雑種で、10月~12月ころにかけて赤い花を咲かせます。あまりにも寒いので、寒椿が力んで赤い花を咲かせたように、子規には見えたのかもしれません。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・・サム ヤマモト
[2019.01.18(Fri) 09:50] 季節Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 水泉動 

2019年01月14日 ()
  今ごろは、七十二候では「小寒」の次候「水泉動(すいせんうごく)」となります。「しみずあたたかをふくむ」とよむこともあるようで、寒さはまだまだ厳しいけど、陽の光によって徐々に大地が暖められ、地中の凍っていた泉がかすかに動き出す頃という意味なのです。

  今日の水彩画は、「冬の海の日の出」です。もう一月も半ば、初日の出には遅すぎますが、冬の海に夜明けの陽が昇ります。雲の合間から顔をのぞかせた陽が、海面を黄金に染め、凍てつく波間に命の温もりと希望の光を届けます。
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  1月11日は、「鏡開き」でした。お正月にお供えしていたお餅を割って、無病息災などを祈って食べる習慣です。武家社会の風習が一般化したもののようで、刃物で切るのは切腹を連想させるので、手や木槌で割るのだそうです。我が家の鏡餅は、孫娘が持って帰りましたが、最近のものは、樹脂の鏡餅に切り餅が入っているもので、小槌でたたき割れなくて、残念がっていることでしょう。

  寒の入り(1月6日)から9日目(1月14日)に降る雨を寒九の雨と呼び、昔から「寒九の雨は豊作のしるし」と言われました。晴天が続く野菜畑にとっては恵みの雨となるはずでしたが、今日も晴れでした。 14日は成人の日で晴れとなりましたが、我が家の娘の成人の日は大雪で、車で送り迎えをした思い出があります。

   おとうさん、寒九の雨!「降らなかった!畑にとっては恵みの雨のはずが!土曜日は雪が降る予報が、パラチラで終わってしまった!」「畑が乾燥してしまいますねえ!」「雪でもいいから、小雪、雪子!逢いたいよ!」「あなた、どこぞの娘に?」「いやいや、雪でも雨でもふりふられ!」「怪しい・・・・」

  我が家の野菜畑もそうですが、農作物の収穫は天候に左右されます。人が食べる米や麦、野菜などは、太陽、雨、土、風が作り、人は生育の手伝いをしているだけなのです。四季を通して作物を作ってきた日本人は、昔から暦や諺をとおして、自然が織りなす季節の移ろいを感じ、自然に従いながら生きてきたのですねえ。

  「寒けれど二人旅寐ぞたのもしき」 芭蕉の句です。寒いけれど、越人(弟子の俳人)と二人で旅寝をしておれば、こころたのもしく、寒さをいとわずにおられるのだ・・・・。二人寝の相手が女人でなくて残念な気もしますが・・・。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・・・サム ヤマモト
[2019.01.14(Mon) 19:50] 自然環境Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 小寒 

2019年01月06日 ()
   皆様おすこやかに新春をお迎えのことと存じます。今年もよろしくお願いいたします。さて、1月6日は小寒(しょうかん)です。二十四節気の二十三番目で、寒さが一段と厳しくなる頃となります。この日から「寒の入り」となり、春分の前日の節分までが「寒中」で、冬の寒さが一番厳しい時期です。暦便覧では「冬至より一陽起こる故に陰気に逆らふ故、益々冷える也」と記されています。

   さて、今年の描き初めの水彩画は、「森の初日」です。初春の陽が裸木の森に昇ってきます。森の中に陽が差し込むと、散り残った枯れ葉が黄金色に輝き、木々の幹が朱に染まり、凍てつく落ち葉が温まり、命と希望に満ちた光が溢れます。
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   正月のお屠蘇の酔いも薄らぎ、ようやく今年の「描き初め」の水彩画が描けました。お習字の「書き初め」は、年が明けて初めて毛筆で一年の抱負や目標を書いたもので、「吉書」とも呼ばれ、めでたい言葉や詩歌を書いたのが始まりだそうです。元々は宮中での儀式でしたが、やがて寺子屋や学校で習字が必修となり、庶民の間にも広まるようになりました。学校や地域の行事で書き初めを行うところがありますが、家庭で行うところは少なくなりました。正式には、部屋に学問の神様である菅原道真公の掛け軸を掛け、新しい筆と墨を準備し、若水(元日の朝に初めて汲む水)で墨をすり、恵方に向かって書をしたためる、のだそうで、難しい・・・。

   おとうさん、小寒!「寒いはずだよ 寒の入り だよ!」「あなた!炬燵でお酒を呑んでばかり!」「暦は寒の入り、お酒は燗の入り、年神様に五穀豊穣を祈願しているの!」「豊穣といえば、寒九の雨 です。寒の入りから九日目に雨が降ったら豊穣の兆し!」「九日目は15日だ!野菜の豊穣を祈願して呑める!」「・・・・」

  一休さんでおなじみの一休禅師の狂歌に、「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」というのがあります。正月が来て、皆めでたいと騒いでいるが、門松は冥土へと向かう道に築かれた一里塚みたいなものじゃ!生きものはすべて、生れ落ちてから直ぐに命の終わりに向かって歩き始めます。長命、短命の差はあるものの、終わりは必ず訪れます。仏教の教えにもあるとおり、「生者必滅会者定離(生ある者は必ず死に、出会った者は必ず別れるのがこの世の定め)」なのですねえ。

  「正月の子供に成りて見たき哉」とは一茶の句です。子供に戻って無心にお正月を楽しみたいものです。冥土の旅の一里塚などと言わずに・・・・。

  今年も頑張って水彩画を週一で描きます、お楽しみに・・・サム ヤマモト
[2019.01.06(Sun) 21:29] 季節Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 冬至 

2018年12月26日 ()
  12月22日は一年の間で昼が最も短く夜が最も長くなる「冬至」でした。暦便覧には「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」と記されています。昼が最も短くなる日といっても、日本では、日の出が最も遅い日は冬至の約半月後で、日の入りが最も早い日は冬至の約半月前になるそうです。

  今日の水彩画は、「朝陽が温める森の入口」です。冬の朝陽が雑木林に射し込むと、枯れ葉たちが燃えるように赤く輝き、森の入口がジワリと温められます。

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  1年で最も日が短いということは、翌日から日が長くなるということで、冬至を太陽が復活する日として、古くから冬至祭が盛大に行われていました。クリスマスなども、太陽の復活を祝う古代ヨーロッパの祭とキリストの生誕が結びついたものといわれています。中国や日本では、冬至は陽の力が一番弱まった日で、この日を境に再び力が甦ってくることから、「一陽来復(いちようらいふく)」といって、冬至を境に運が向いてくる、上昇運に転じる日とされました。
  冬至に「ん」のつくものを食べると「運」を呼びこむといわれ、にんじん、だいこん、れんこん、うどん、ぎんなん、南瓜(なんきん、カボチャ)など「ん」のつくものを運盛り といい、縁起をかつぎました。栄養をつけて冬を乗りきる知恵だったのでしょう。

  冬至にゆず湯に入る習慣は、江戸時代から始まったようで、銭湯が客寄せのために柚子をいれたようです。冬至は湯治(とうじ)、ゆずは融通(ゆうずう)をかけ、「お湯に入って融通良く行きましょう」という江戸っ子の洒落だったようです。

  おとうさん、冬至!「湯に入って温まりたいねえ」「あなた、お風呂はゆず湯ですよ!」「有難い!ゆず湯に入ると1年中風邪をひかない、ハックション!ぬるい!」「あなた、ゆず湯は美肌効果があるのでお先に!」「・・・もう効かないと思うが!・・」

  ゆず湯(柚子湯)には血行を促進して冷え性を緩和したり、体を温めて風邪を予防したり、果皮に含まれるクエン酸やビタミンCによる美肌効果が、さらに、芳香によるリラックス効果もありますから、元気に冬を越すために大いに役立ちそうです。

  「今日はしも 柚湯なりける 旅の宿」とは高浜虚子の句です。旅先の湯船、今日はゆず湯でした。旅の疲れが癒されますねえ。

  今年もブログの水彩画を見ていただき、有難うございました。皆様の励ましのお陰で、週一枚水彩画を描くペースが守れました。良いお年をお迎えください。
[2018.12.26(Wed) 16:49] 季節Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 鱖魚群 

2018年12月19日 ()
  12月17日〜12月21日頃は、二十四節気「大雪」の末候「鱖魚群(さけのうおむらがる)」で、鮭が群れをなして川を上ってくる頃なのです。「鱖魚(ケツギョ)」は、中国ではスズキ科の淡水魚のことですが、中国の暦が日本に入ってきたとき「鱖魚」の代わりに、「鮭」を充てたと考えられています。「立春」から始まる二十四節気も「大雪」が終われば「冬至」、「小寒」、「大寒」を残すだけとなります。

  今日の水彩画は、「輝く枯れ葉の森」です。枯れ葉ばかりになった森に朝陽が射すと、朝焼けのように木々が赤く染まり、散り残った枯れ葉達が黄金色に輝きます。
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   サケが群れをなして川を上ってくる遡上は緯度によっても違いますが、9月頃に始まり1月頃まで続くとされています。海で3〜4年過ごして大きく成長した鮭は、生まれた川に産卵のために帰ってきます。数千キロに及ぶ回遊を経て、間違わずに生まれた川に戻ってこられるのは、生まれた川の臭いでわかるという「臭覚説」、太陽の位置などを目安に帰る「太陽コンパス説」、そのほかに「地磁気説」、「海流説」等が上げられていますが、本当のところはよくわからないようです。

   おとうさん、荒巻鮭!「年の暮れだ、荒巻鮭の季節だなあ!」「あなた、鮭はよく間違わずに、生まれた川に帰ってくるものですねえ!」「鮭の脳は臭覚の部分が大きいそうだから、川の臭いでわかるのでは・・」「あなたも酔った時、よく間違わずに帰ってきますねえ~」「帰趨本能かな・・・」「きっと加齢臭でわかるのでしょう!」「・・・・・」

  鮭の中には、幻の鮭と呼ばれる鮭児(けいじ)という鮭がいるそうで、その漁獲量は1万匹に対してたった数匹程度だそうです。普通の鮭は日本の川で生まれたものですが、鮭児はロシアのアムール川系で生まれた鮭で、日本の鮭の群れに紛れ込んで日本に来てしまい、知床から網走付近で捕獲されるもののようです。鮭児は、2~3歳で2~3㎏ほどの大きさにしかならならず、産卵をしていないので、脂肪率が通常の鮭の二倍以上あり、たっぷりと脂がのっていて全身トロのようだそうです。漁獲量といい値段といい、普通には買えない鮭のようですが、味わってみたいものです。

  「雪の朝独り干鮭を噛み得たり」とは芭蕉の句です。鮭は秋の季語ですが、干鮭は冬の季語です。自分は寒い雪の朝、独りで固い鮭の干し物をかじるだけだ・・・。保存食の乾鮭(干鮭)は、鮭のはらわたを取り去り、塩引きせずにそのまま干したもので、厳しい冬を生き抜くための食べ物だったようです。

  ではまた、次回の水彩画をお楽しみに・・・・・・サム ヤマモト
[2018.12.19(Wed) 20:44] 食べ物Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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